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うるわしの郷、この地にまどいて 高麗郡建郡1300年記念事業(2016年)

二つの個性が織りなす四季折々のハーモニー。
見るたび、来るたび、出会える感動をぜひ体験してください。両市のホットな情報が満載です。

 飯能市と日高市には「南高麗」や「高麗」「高麗神社」や「高麗川」など、「高麗(こま)」と名のつく地名や神社、河川が存在します。
 これは、古代朝鮮半島高句麗と飯能市、日高市が歴史的関わりが深いことを表しています。716年、飯能市、日高市を中心に高麗郡が置かれ、関東一円に住む高句麗からの渡来人1799人が移住しました。
2016年には、高麗郡建郡1300年を迎えます。
 多くの方々に「高麗」の歴史を知っていただけるよう、先人への感謝を表しながら、「高麗郡建郡1300年」を祝います。

 

高麗郡建郡ヒストリー

①紀元前37年から668年。朝鮮半島から中国東北部は「高句麗(こうくり)」という巨大な国が領有していました。しかし、唐と新羅の連合軍との戦いに敗れ、多くの高句麗人が海を渡り日本へ難を逃れました。


②日本では高句麗のことを「高麗(こま)」と記し、日本に来た彼らのことを「高麗人(こまびと)」と呼びました。高麗人は、東国7国【駿河(静岡)、甲斐(山梨)、相模(神奈川)、上総(千葉)、下総(千葉)、常陸(茨城)、下野(栃木)】にも住んでいました。


③当時の政権の大和朝廷は、716年武蔵の国に「高麗郡」を置きました。東国7国に住んでいた高麗人1799人は高麗郡に移住しました。高句麗の王族であり、すぐれた人物であった「若光(じゃっこう)」は、高麗郡の郡司を命ぜられ、郡を治めました。当時、未開地だった高麗郡内を開拓して、産業を興すなど、人々の生活を安定させました。彼らはそこで、生活の基盤を整え、役所の建設や道の敷設など、郡として必要な整備をしていきました。


④高麗神社には高麗郡の郡司であった高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)が祀られています。高麗神社は現在に至るまで、高麗王若光の直系によって護られており、多数の参拝者が訪れています。また、隣接する聖天院には、「高麗王廟」など歴史的関わりの深い建造物があり、多くの方々が訪れます。

 

 

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